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横浜地方裁判所 昭和30年(行)1号 判決

原告 全駐留軍労働組合神奈川地区本部横須賀支部 外一名

被告 横須賀公共職業安定所長

訴訟代理人 広木重喜 外三名

主文

原告等の訴を却下する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告が昭和二九年七月二〇日原告秋山嘉男の失業保険金日額を金三四〇円と決定した処分を取消す。原告秋山嘉男の失業保険金日額が金四六〇円であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のごとく述べた。

一、原告秋山嘉男は、米国海軍横須賀基地の駐留軍労務者として昭和二三年三月二七日から同二九年七月一九日離職するまで勤務していたが、離職後被告に対し失業保険金の請求をしたところ、被告は昭和二九年四月九日から同年六月末日まで原告秋山に支払われた日米行政協定第四条に基く休業手当を失業保険法(以下「法」という。)第一七条の二にいわゆる「賃金」のなかに含まれるとして算定し、その結果昭和二九年七月二〇日原告秋山の失業保険金日額を金三四〇円と決定した。そこで原告全駐留軍労働組合神奈川地区本部横須賀支部(以下「原告組合」という。)は失業保険審査官及び審査会規程第三条に基き、原告秋山に代り右決定を違法として昭和二九年七月三一日失業保険審査官に審査を請求したところ、同審査官は同年八月二一日原告組合の右請求を棄却する旨の決定をしたので、さらに同年九月二二日失業保険審査会に審査請求をしたところ、同審査会もまた同年一二月二四日右請求を棄却する旨の決定をなし、原告組合は同月二八日該決定書正本の送達を受けた。

二、しかしながら、被告のなした右決定は次に述べる理由により違法である。

(1)  失業保険金の受給資格は離職の日以前一年間に通算して六月以上被保険者であつたときこれを取得し被保険者であつた期間は月をもつて計算し、各月において労働した日数が一一日未満のときはその月は被保険者期間に算入されず、従つて休業期間中は労働できないから、その期間は被保険者期間の月計算の基礎となる労働した日数に算入されない。また失業保険金日額は離職した月前において前記被保険者期間として計算された最後の六月の賃金を基礎として計算されることになつている。ところで、原告秋山は離職した昭和二九年七月一九日以前一年間のうち、同年四月から七月までの間は休業中で労働していないから該期間はこれを被保険者期間に算入することはできず、その余の同二八年八月から同二九年三月までの各月においては労働した日が一一日以上であつた。従つて原告秋山は当然失業保険金の受給資格を有しており、かつ保険金日額は昭和二八年一〇月から同二九年三月までの六月間の賃金を基礎として算出されるべきところ、同原告は昭和二八年一〇月に金一九、六四四円、同年二月に金一七、四八八円、同年一二月には金二〇、〇〇三円のほかに金二五、〇〇四円(賞与)、同二九年一月に金二〇、三八八円、同年二月に金一八、七九〇円、同年三月に金一九、八四〇円、以上合計金一四〇、一五七円の賃金を支給され、これを一八〇で除した額は金七八八円であり、右賃金日額の属する賃金等級は三〇級であるから、失業保険金日額は金四六〇円となり、従つて原告秋山の受けるべき失業保険金日額は金四六〇円となるわけである。しかるに、被告は前記のごとく原告秋山が休業していた昭和二九年四月九日から同年六月末日までの間に支給を受けた休業手当を法第一七条の二にいわゆる「賃金」のなかに含めこれを失業保険金日額算定の基礎とし、同時に該期間を被保険者期間としている。右休業期間中に原告秋山が労働しなかつたことは明白であるにもかゝわらず、被告はこれを労働したものとみなし、失業保険金日額を不当に低額ならしめているが、かような解釈は法第一条の目的からみてもとうてい許されぬところである。なお、休業手当を法第一七条の二にいわゆる賃金のなかに包含しなければ受給資格を取得できない者が生ずるのでこれを包含せしむべきであるということも一応考えられぬわけではないが、その故に本件の原告秋山の如き場合の失業保険金日額を不当に低額ならしめることを是認する理由とすることはできない。また「職業安定行政手引」のなかには、月給者が長期欠勤後離職し、離職の日前の賃金が減額して支払われる場合には定額賃金の七割相当額を支払われた賃金とみなす旨の失業保険金日額算定に関する特例が認められると記載されているけれども、これはその必要に基いた特別措置であるから、本件事案についても右と同じく特別な措置によつて解決されねばならない。

(2)  いわゆる休業手当が法第一七条の二にいう「賃金」のなかに包含されないという点につき次のごとく附陳する。

(一)、いわゆる休業手当は使用者の責に帰すべき事由による休業の場合、民法第五三六条によつて労働者が全額請求しうる反対給付のうち、労働者の生活維侍のため平均賃金の一〇〇分の六〇につき労働基準法第二六条によつてその支払を保障されているのであつて、労働の対価ではないから賃金ではない。労働基準法第一二条第三項本文には休業期間中の休業手当を賃金と解しているような文言があるが、その故をもつて直ちに休業手当が即ち賃金であるということはできず、平均賃金算定に当りこれを控除しているのは労働の対価ではないからである。

(二)、仮りに休業手当が労働基準法上の賃金であるとしても、それは法にいわゆる賃金ではない。けだし、労働基準法第一一条と法第四条本文とがたまたまその字句を同じくしていても、その故をもつて直ちに休業手当が失業保険法上の賃金でなければならぬという理論は成立しないからである。

(三)、仮りに休業手当が失業保険法上の賃金であるとしても、駐留軍労務者に対し休業期間中に支払われる休業手当は附属協定第六九号第四条によつても明かなごとく、労務者に責ありとして出勤停止を命じた期間及びその後実際上の雇傭終止に至るまでの期間、即ち保安事由調査中の生活保障のための特別の給与であつて、同じく休業手当といつても、労働基準法にいわゆる休業手当とは全くその性質を異にするものである。

(四)、失業保険法は失業者の生活安定を目的としているのであるから、同法の解釈は右目的意識のもとになされねばならない。従つて失業保険金日額の算定に当つては、これを低額ならしめるように解釈すべきではなく、可及的それを高額ならしめるように解釈すべきである。

(3)  よつて請求の趣旨記載の判決を求めるため本訴に及んだ次第である。

被告指定代理人は、本案前の答弁として、主文第一、二項と同旨の判決を求め、その理由につき次のとおり述べた。

第一、原告組合の当事者適格について

労働組合がその所属組合員の失業保険金に関する権利につき何らの処分をも有しないことは法律上明かであるから、原告組合はその組合員たる原告秋山のため本件訴を提起する当事者適格なきものといわなければならない。

第二、請求の趣旨第一項の訴について

失業保険金日額の算出は、行政訴訟の対象となり得ない。

(1) 、裁判所の裁判の対象たるものは、日本国憲法に特別の定めのある場合を除いては、原則として法律上の争訟、即ち国民の具体的権利関係に関する争訟に限られる。故に行政訴訟の対象たる行政処分は、法律の定めある場合は格別、国民の具体的権利義務に関するものでなければならない。ところで、法に基き失業保険金を給付する手続は、受給資格者が離職後、公共職業安定所(以下「安定所」という。)に出頭し求職の申込をしたうえ離職票を提出して、安定所の長から失業保険金日額等を記入した失業保険金受給資格証の交付を受け、所定の失業認定日に管轄安定所に出頭し、安定所の長の失業の認定を受けて、所定の支給日にその日前の失業認定を受けなかつた日分を除く七日分の失業保険金給付を受けるものであるが、そのさい支給される失業保険金の金額は法第一七条の四により減額される場合を除いて、法第一七条乃至同条の三によつて算出された日額に前記日数を乗じたものとされているが、前記のごとく失業保険金受給資格証に予め失業保険金日額を算出記入するのは、失業保険金の給付にさいし、いちいちその日額を計算するのが事務処理上煩鎖にたえないからである。故に右のごとき失業保険金日額の算出は失業保険金の給付に先立ちその金額の算出基礎たる法定日額を予め計算しておくものにすぎない。したがつて、本件失業保険金日額の算出は、あくまで失業保険給付のための一要件事実を事務処理上予め計算したものにほかならず、右日額の算出自体は具体的に何らの法律効果を生ずるものでなく、これによつていかなる具体的権利も発生することがなく、失業保険金の給付を受ける権利はさらにその後執られる手続によつてはじめて具体化するのである。それ故失業保険金日額の算出は行政訴訟の対象たる行政処分とはいい得ないのである。

これに対して、原告等は、「右算出は安定所の長の当該受給資格者の失業保険金日額に関する判断の表示であるから、いわゆる準法律行為的行政行為であり、これによつて国民(失業者)が直接具体的な効果を受けるのであるから、これをもつて行政訴訟の対象となしうる」旨の主張をしている(後記、本案前の答弁に対する原告等の反駁(イ)参照)。しかしながら、かゝる算出がいわゆる準法律行為的行政行為であるか否かはしばらく措き、原告主張の判断によつて一体いかなる具体的法律効果が生ずるのか、右の主張自体からは明かでない。例えば、一般に準法律行為的行政行為に属するとされている所得税の更正決定や恩給権の裁定のような場合には、それぞれ所得税法及び恩給法により更正差額の納税義務や恩給権等の具体的な権利義務が法律上生ずるのであるが、失業保険金日額の算出についてはこれにより直接にはそのような具体的権利義務は生じないのである。失業保険金の支給を受ける権利は、安定所の長が当該受給資格者の失業したことを認定したうえで、同人に対し保険金の支給決定をなすことによりはじめて発生するものであり、それ以前においては、具体的な権利は未だ生じないものといわねばならない。故に失業保険金日額に不服ある者は、前記失業保険金支給決定につきその算出基礎に違法があるとして争えば十分に権利救済の実をあげられるのである。もつとも右日額の算出が行政上争いとなつた場合、行政権による救済手続において、その点のみを取り上げてこれが紛争を速かに解決することは許されるであろう。しかし、それが故に司法手続において前記日額の算出は何ら具体的権利関係を生ずるものでないにもかゝわらず、これが取消を求めるのは、行政訴訟の本質にもとるものといわねばならない。

(2) 、仮りに失業保険金の算出が法第四〇条にいわゆる「失業保険金の支給に関する処分」であるとしても、その算出自体は行政訴訟の対象とならず、失業保険審査会の決定が対象とされねばならない。法第四〇条第一項によれば、「失業保険金の支給に関する処分に不服のある者は、失業保険審査官の審査を請求し、その決定に不服のある者は、失業保険審査会に審査を請求し、その決定に不服のある者は裁判所に訴訟を提起することができる。」と規定されているが、この条項は失業保険金の支給に関する処分についてのいわゆる訴願手続と訴訟手続との関連を規定したものであつて、行政上の救済手続と司法上の救済手続とを直結させ、前者の最終的救済手段である失業保険審査会の審査決定がなされた場合、司法上の救済はこれに対する出訴をもつてなすべきものとなし、もつて国民の権利救済の適正かつ迅速を期しているわけである。故に原処分に不服ありとして失業保険審査官の審査を経由し、さらに前記審査会の決定まで経た場合には、同審査会の決定こそ司法審査の対象とすべきものである。しかるに、原告等は原処分たる前記日額の算出を本件訴の対象としているから、かかる訴は法律上許されないのである。

これに対して、原告等は、「失業保険審査会の決定を取消し得ても、それによつて直ちに原告等の目的とする被告の処分の取消の目的を達することができず、失業保険審査会の決定の取消を求めることは無意義に近い」と主張している(後記、本案前の答弁に対する原告等の反駁(ロ)参照)。しかしながら、審査会の決定の取消判決が確定すると、関係行政庁たる失業保険審査官及び原処分をなした当該安定所の長は、何れも右確定判決に拘束されるのであるから、原告等の主張は当を得ないものである。

第三、請求の趣旨第二項の訴について

(1) 、失業保険金日額の算出が単なる要件事実の計算であつて、法律上何らの具体的法律効果を生じないものであることは前に述べたとおりである。してみると、原告秋山の失業保険金日額が金四六〇円であることの確認を求めてみても、それは単に失業保険法上の要件事実の確認を求めるものであるにすぎず、具体的な法律上の権利義務関係の確認とはならないから、かゝる確認の訴が法律上特に認められているならぼ格別、そのような特別の定めのない本法の下においては、右のごとき確認の訴は許されないところである。

(2) 、仮りに失業保険金日額の算出が、何らかの法律関係を形成するものであり、或は行政処分であるとしても、失業保険に関する権利は行政処分をまつて初めて発生するものであるから、目額三四〇円についてはともかく、原告が給付請求権を有すると主張する日額四穴〇円については行政庁が同日額の是非につき決定(行政処分)をしていないのであるから、未だそのような法律関係は生ぜず、従つて裁判所に対しこれが権利の確認を求める請求の理由がないことは明かである。

(3) 、また本件訴が、被告が原告秋山の失業保険金日額を金四六〇円と算出すべき義務があることの確認を求めるものであるとするならば、それは行政庁に対し行政処分をなすべきことを命じ又はこれが義務あることの確認を裁判所に訴求するにほかならず、かゝる訴は三権分立のたてまえからみて当然許されないものであるから、これまた不適法な訴であるといわねばならない。

以上のごとき被告の主張に対して原告等は、「失業保険金日額の算出をもつて、事実に対する法の適用(判断)を内容とする準法律行為的行政行為である。」と主張する(後記、本案前の答弁に対する原告等の反駁(ハ)参照。)しかしながら、もし前記日額の算出が原告等の主張するとおりであるとすれば、失業保険金日額が金四六〇円であることの確認を求めるのは、裁判所が行政庁に代つて準法律行為的行政行為をなすべきことを求めるものにほかならないから、それは矢張り前のごとく三権分立のたてまえに反するといわねばならない。

被告指定代理人は、本案につき、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として次のように述べた。

一、原告等主張の請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実は争う。

失業保険金の日額は、法第一七条及び同条の三によつて算定するのであるが、その算出の基礎となる賃金日額については法第一七条の二によつて定められている。そして同条にいわゆる被保険者期間は法第一四条によつて計算される。そこで原告秋山の被保険者期間について計算してみるに、同法条によれば、賃金が月、週その他一定の期間によつて定められた場合においては、賃金支払の基礎となつた日数が一一日以上であるときは、その月を被保険者期間に算入することゝしている。しかして、原告秋山については昭和二九年四月乃至六月まではいずれも賃金が月によつて定められており、同年四、五、六各月の賃金支払の基礎となつた日数はそれぞれ二五日、二一日、二二日であるから、同年四月乃至同年六月は当然被保険者期間に算入すべきものである。原告等は、「右期間の計算は労働した日数が一一日以上かどうかできめるべきところ、前記月間には原告秋山自身休業期間中で労働していないから、これを算入すべきではない。」と主張するが、ここに労働した日数が一一日以上というのは賃金が日給として定められている場合の計算方法をさすのであつて、賃金が月を単位として定められている本件の場合にあつては、原告等主張のごとき計算方法によるべきものではないのである。次に本件休業手当が法第一七条の二にいわゆる「賃金」に該当するかどうかについてみるに、失業保険法上賃金とは法第四条によつて定義されており、それが労働基準法上の賃金の定義と同一であることは同法第一一条から知られるところである。そして同法第二六条所定の休業手当は賃金として取扱われているのである(同法第一二条第三項もこれを賃金に含ましめたうえ平均賃金としては特にこれを控除している)。したがつて、休業手当は失業保険法上もやはり賃金として取扱うべきものと解する。ところで、調達庁長官とアメリカ合衆国契約担当官との間に締結された附属協定第六九号(昭和二九年二月二日)第四条及び国と全駐留軍労働組合との間に締結された全駐労労働協約第四〇条並びに駐留軍技能工系統使用人給与規程第二六条によれば、駐留軍労務者に対し休業期間中に支払われる休業手当は使用者の責に帰すべき事由による休業の場合に支払われるものであるから、労働基準法第二六条にいわゆる休業手当に該当するものということができる。以上説明したところから明かなごとく、原告秋山に対し昭和二九年四月九日より同年七月一七日までの間に支給された休業手当は失業保険法上も賃金と解すべきであり、従つて同年四月乃至六月を前述のごとく被保険者期間に算入し、右休業手当を賃金に包含させて算出した本件失保険金日額は適法である。

なお、原告等はかゝる休業手当を法第一七条の二にいわゆる賃金のなかに含ましめ失業保険金日額を不当に低額ならしめることは、法第一条の目的にかんがみ許すべきでないと主張するが、所論は独自の見解に属し、前述した法第一七条の二のたてまえとしては採用しえない。また原告等の引用する「職業安定行政手引」中の記載部分は前記解釈を左右するものではない。

三、次に原告等が休業手当をもつて法第一七条の二にいわゆる「賃金」のなかに含まれないと解すべきであるとする諸点につき次のごとく反駁する。

(一)、原告等主張の請求原因第二項のうち、(2) の(一)について

民法第五三六条の規定によつて全額請求しうる反対給付は、とりもなおさず労働者が使用者に対して有する賃金債権であつて、労働基準法第二六条がその一〇〇分の六〇につき支払を保障しようというのも、それはやはり労働者の賃金請求権にほかならないのである。したがつて休業手当として支払われるものは、一見現実の労働の対償(労働の対価ともいう。)ではないようにみうけられるが、その実は労働の提供を拒絶されたことにより受領遅滞の要件を充足するに至り、かくて請求しうるものであるから、実質的には「労働者」(労働基準法第九条)の地位に基く労働の対償ということができるのである。そもそも労働の対償とは、広く使用者が労働者に支払うもののうち、労働者がいわゆる使用従属関係のもとで行う労働(現実の労働の提供の有無とは直接関係がない。)に対してその報酬として支払うものと通常定義されている。したがつて労働の対償という場合には、現実に提供される労働に対する反対給付をさすだけではなく、広く労働契約に基き使用者が契約上の義務として「労働者」たる地位にある者に対し支払われるものをさすと解すべきである。故に使用者がその責に帰すべき事由によつて「労働者」を休業させた場合に労働契約上これに支払うべき義務づけられている休業手当は、右にいう賃金に該当するものというべく、原告主張のごとき労働者の生活保障のための特別な給与というような一種の特別贈与的なものと解すべきではない。そうしてみると、休業手当は現実の労働の有無には関係のない業務上の負傷又は疾病による休業期間、産前産後の休業期間中の各賃金等と同じく労働基準法上賃金にいつたん含ましめたうえ、同法第一三条の平均賃金から控除されて取扱われているのである。もし以上の諸手当が労働の対償でないから「賃金」ではないというのならば、平均賃金の額を定めるに当りはじめから以上の諸手当を考慮すべき必要はなく、したがつてこれを平均賃金の額から控除するという如きことも、もはや法制上問題とはならないであろう。

(二)、原告等主張の請求原因第二項のうち、(2) の(二)について

「賃金」の定義として、等しく労働関係を規律する労働基準法と失業保険法とが何れも同一文言を用いているのに、これをあえて異つた意味に解することこそ、かえつて合理的理由を欠くものであつて、失業保険法上休業手当が賃金にあたるかどうかを解釈するにあたり、賃金について同一の定義をしている労働基準法上の解釈を類推して解釈することは、文理解釈として極めて合理的なことである。

(三)、原告等主張の請求原因第二項のうち、(2) の(三)について

前示附属協定第六九号第四条による休業は、使用者の責に帰すべき事由によるものであつて、労務者の責に帰すべきものではない。けだし、上記協定により駐留軍労務者の雇傭主にる日本国政府は、使用主たる駐留軍に対し、同協定第一条A項に定める保安基準に該当する者を提供すべからざる義務を負つている。したがつて駐留軍労務者の提供については、雇傭主は労務管理上重大な責務を有しており、労務者に保安上の危険があるか否か十分調査しなければならない。かくして保安事由調査のため容疑ある労務者の出勤を一時停止することは、使用者の経営上の人事管理乃至労務管理のためになされるものというべきであるから、保安事由調査のための休業は、「使用者の責に帰すべき休業」というべきである。それ故にかゝる休業期間中支払われる休業手当は、労働基準法第二六条所定の休業手当に該当するものということができる。以上は、本件休業手当が失業保険法上の賃金に該当することを労働基準法上の休業手当の類推解釈から説明したのであるが、一方前記賃金の定義に直接あてはめてみても、本件休業手当は勿論賃金と解することができる。すなわち、右休業手当は、前記協定のほか全駐労労働協約第四〇条第二号及び駐留軍技能工系統使用人給与規程第二六条により、駐留軍労務者たる「労働者」の地位に基き労働の対償として支払われるものであるから、失業保険法上の賃金に該当するものである。

(四)、原告等主張の請求原因第二項のうち、(2) の(四)について

法律の解釈は法の明記するところに従つて解釈すべきことは多言を要しないところであつて、これを拡張解釈して可及的高額な失業保険金日額の算定ができるよう解釈することは、当該受給資格者の利益とはなるかも知れないが、失業保険の保険料を負担する国庫はいうまでもなく、他の多くの被保険者や、これを雇用する事業主に対して不当な負担を課することゝなり、ひいては失業保険制度の適正な運営を阻害するに至るであろう。故に原告等の右主張のごとき解釈は失業保険法の適用乃至運用としてこれを採用すべきでないことはいうまでもないのである。

原告等訴訟代理人は、被告の木案前の答弁につき、次のごとく反駁陳述した。

(イ)  本案前の答弁第二項のうち、(1) について

行政訴訟の対象となるべき行政処分は必ずしも法律行為的行政行為に限られず、いわゆる準法律行為的行政行為及び事実行為をも含むものであり、かつ段階的に発展する行為の結合により一の法律効果が完成する場合、実定法上一定の段階に達したときはじめてこれに対して出訴し得るとしているほか、一連の行為の一環たる行為が国民に対し直接具体的な効果を及ぼすものである限りその行為を対象として出訴することができる。ところで、失業保険金日額の算出は安定所の長の当該受給資格者の右日額に関する判断の表示であるから、いわゆる準法律行為的行政行為であり、これによつて国民(失業者)が直接具体的な効果を受けるのであるから、これをもつて行政訴訟の対象となしうるのである。

(ロ)  本案前の答弁第二項のうち、(2) について

失業保険審査会は被告のなした処分を是認した失業保険審査官の決定を是認しているのであるから、被告のなした処分は引続き有効に存続している。失業保険審査会の決定を取消し得ても、それによつて直ちに原告等の目的とする被告の処分の取消の目的を達することができず、失業保険審査会又は安定所の長のなすべき処分を代つてなすことができないから、失業保険審査会の決定の取消を求めることは無意義に近い。行政事件訴訟特例法第三条や法第四〇条の規定から直ちに本件の場合の被告が失業保険審査会でなければならぬとの結論を導き出すことはできないし、旧行政裁判所時代においても右のごとき場合には処分庁又は裁決庁のうち何れを被告としても妨げないとしているし、現行法の下においても右のごとき場合にあつては処分庁を被告としても妨げないと解されている。

(ハ)  本案前の答弁第三項について

失業保険金日額の算出は事実に対する法の適用であつて、被告のいうごとく単なる要件事実の計算にすぎないものではない。原告秋山の右日額が金四六〇円であることの確認を求めるのは、単なる事実の確認を求めるのではなく、同原告が給付を受けうる該日額が右金額であることの確認を求めるのである。

失業保険金日額は事実に対し法を正当に適用することによつて白ら算出されるものであり、換言すれば、それは事実に対する法の適用、(判断)を内容とする準法律行為的行政行為であるから、被告に対し行政行為をなすべきことの命令又はこれを為すべき義務あることの確認を求めているのではなく、従つてこの確認を求めることによつていわゆる三権分立のたてまえに反するわけはない。事実に対する法の適用につき当事者間に争いのある場合、法の適用を保障することを使命とする裁判所の判断をまつことは何ら不当ではない。

要するに、以上述べたところによつて明らかなごとく被告が木案前の答弁として主張する点は何れも失当といわねばならない。

理由

(一)、原告組合の当事者適格について

労働組合が法人格を有するときはもとより、法人格を有しないときにおいても代表者又は管理人の定めがある限り一般に当事者能力を有し、自己の権利または法律関係につき当事者適格を有するのであるが、その所属組合員の労働契約上の権利義務及びこれに随伴して生ずる具体的権利義務につき管理処分をなしうるのはもつぱら労働者たる当該組合員個人の自由に委ねられ、特段の事由のない限り、組合は当然にかような管理処分権を有するものでなく、また組合が当然組合員に代つてこれをなしうるものではないから、右のごとき権利義務に関する訴を遂行する権能はこれを有しないと解すべきである。ところで本訴についてこれをみるに原告等の請求が原告組合の所属組合員たる原告秋山の失業保険に関する権利を直接の対象とするものであることはその主張にてらして明らかであるが、かような労働契約の終了に随伴して生ずる具体的な権利につき管理処分権を有するのは一般に原告秋山のみであるところ、原告組合は原告秋山の右権利に関して訴訟を遂行しうる権能を有することを認むべき特段の事由について何らの主張をもなさないから、その組合員たる原告秋山のため本件訴を遂行するにつき当事者適格を有しないといわねばならない。されば原告組合の本訴請求はその内容の当否を判断するまでもなく不適法というほかはない。

(二)、原告秋山の請求の適否について

(1)  請求の趣旨第一項の訴について

およそ裁判所の裁判の対象となるものは、日本国憲法に特別の定めのある場合を除いて一切の法律上の争訟に限るとされているが、法律上の争訟とは当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であつて、且つそれが法律の適用によつて終局的に解決し得べきものであることを要する。したがつて、行政訴訟の対象となる行政処分は法律に特別の定めのある場合を除き、それによつて国民の具体的な権利義務乃至法律関係に法律上の効果を及ぼすものでなければならない。

よつてまず失業保険金日額の算出それ自体の違法をもつて行政訴訟の対象とする原告秋山の請求の趣旨第一項の訴の適否につき考察する。失業保険法第一五、一六、二四各条及び同法施行規則第一二、一四、二三各条の規定によれば、失業保険金の受給資格者が保険金の支給を受けるには、離職後、管轄安定所に出頭し、求職の申込をしたうえ離職票を提出して、安定所の長から失業保険金日額等所定の事項を記載した失業保険金受給資格者証の交付を受け、所定の失業認定日に管轄安定所に出頭し、安定所の長より失業の認定を受け所定の支給日にその日前の七日分の(失業の認定を受けなかつた日を除く。)失業保険金給付を受けるものであることが認められる。すなわち、受給資格者が失業保険金の支給を受けうる権利は、安定所の長が当該資格者の失業したことを認定したうえで同人に対し保険金の支給決定をなすことによつて始めて具体的に発生し、それ以前においては単に抽象的な保険給付を受けうる権利が存在するにすぎないと解すべきである。従つて、右保険金支給の決定が行政争訟の対象となりうべき行政処分であるというべく、その前提手続たる失業保険金日額の算出は、前記決定に先立ちその一要件事実を事務処理の便宜上予め計算したものにほかならぬのであるから、右日額の算出それ自体によつては何ら失業保険法上の具体的な権利義務ないし法律関係を生ぜしめるものではない。ところで、本件についてみるに前述のごとく原告秋山はその請求の趣旨第一項の訴において、失業保険金日額の算出を取り上げこれをもつて原処分であるとなしその取消を求めているのであるが、右算出を行政処分と解することはできないし、またその算出基礎についての不服をもつて具体的な権利義務ないし法律関係に関する争訟とは解せられないから、かゝる訴は法律上許容されないところである。

なお、原告秋山はこの点に関し、前記日領の算出は安定所の長の当該受給資格者の失業保険金日額に関する判断の表示であるから、いわゆる準法律行為的行政行為であり、これによつて国民(失業者)が直接具体的な効果を受けるためこれをもつて行政訴訟の対象となしうると主張する。しかしながら、前示のごとく失業保険金の支給を受けうる権利は、安定所の長が当該受給資格者の失業したことを認定したうえで同人に対し保険金の支給決定をなすことにより始めて具体的に生ずるのであり、その前に事務処理の便宜に基いてなされる失業保険金日額の算出によつては直接具体的な法律効果を伴うことがないのであるから、その算出をもつて一定の法律的判断の表示とみることはできない。またいわゆる準法律行為的行政行為とは、その法律効果が行政権の意思表示を要素とすることなく、一定の精神作用の発現につきもつぱら直接法規の定めるところに基いて生ずる行為を指称するものと解せられるが、右日額の算出によつては格別具体的な法律効果を生ずることがないから、これをもつて所論のごとく準法律行為的行政行為と解することはできない。要するに、原告秋山の主張は独自の見解であつて当裁判所の採用し得ないところである。

(2)  請求の趣旨第二項の訴について

失業保険金日額の算出が法律上何ら具体的な効果を伴わないものであることは前段において説示したとおりである。しかして、原告秋山は請求の趣旨第二項の訴において右日額が金四六〇円であることの確認を求めているが、それは結局単に失業保険給付決定の前提をなす一要件事実の確認を求めるにほかならず、具体的な権利義務ないし法律関係の確認ということはできない。原告秋山はこの点につき、右日額の算出は事実に対する法の適用(判断)を内容とする準法律行為的行政行為であると主張するが、所論が同原告の独自の見解であつて当裁判所の採用しないことは前段において述べたとおりである。してみると、原告秋山の求める前記のごとき確認の訴はこれを特に許容していない同法の下においては法律上許されないところであるといわねばならない。

叙上のごとく、原告等の本件訴はすべて不適法であるからこれを却下し、訴訟費用は敗訴した原告等に負担させることとし主交のとおり判決する。

(裁判官 岡垣学)

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